埋火の新作アルバムはいつもの見汐さんのあの歌、つまりやさしくて・せつなくて・かなしくて・でもどこかほっとするような、大きく包み込むような歌があふれている。特に8曲目「テレパシー」は埋火のファンみんなの心の最も奥底の部分に届く、まさにテレパシーソングだ。歌をもっと・ずっと・いつまでも信じていてもいいんだ。そう思えるアルバムだと思います。ああ、どれもいい曲だね、いい歌だね…。
東の山の頂は夜の青を手放す空にあり、やがてオレンジに輝く太陽に照らされるまでのひととき
ジオラマを聴いていると、私は強くなくても世界と共にあると思える
ホワイトアウトからのジオラマ。そして帰還。現実の経験や時間に置換させないまどろみ。素晴らしうらやまし!!
不毛な嫉妬心、芽生えてます。
3月11日以降、我々は変わってしまった日常を生きている。
(変わってしまったけど)日常だから、その日その日を生きているわけだ。
他人ができることは他人に任せることがバンドだと常々思っている。
その意味で、埋火はまったくバンドだろう。
ああそれにしても、見汐さんが「ハ・ハハイ」と歌った時の重力のなさ、
SGの音色、時に高らかに謳うベース、ドラムの錨の下ろし具合、はなんて素晴しいんだろう。
いい気になって他人のアルバムにコメントしている場合ではないと思わせる素晴しさである。
ドラえもんの秀逸な話の一つ、パラレルワールドじゃないですが、埋火の音楽に多次元論/並行宇宙を強く感じます。
乱暴な話、全3作とも一貫した印象を受けます。それは、上下左右でも縦横でも奥行でも時間軸でもなく、3作品とも世界線が違うだけで、並行宇宙で同時に起こっていることのように思えたんです。
取り巻く環境や次元数が変わってるだけで、自分を表現するということに関して、物凄く一途。世界線を超えてもわかる表現力。
そして今回のタイトルがジオラマ(透視感/立体視)。音もほんとに立体的で遖れ。
…おすし(*見汐さんの愛称)の思考のパラレルさに、飽きない魅力を感じました。
(※並行宇宙については、各自調べてみて下さい。)
ぽつりぽつりと水滴が落ちて波紋を広げてゆくような埋火の世界が好きです。
その静けさの最中に、ふと「あんた、馬鹿だけど素敵よ」と笑いながら
言ってくれるところも非常に小憎らしいと思います。埋火は私のずっと遠くにあり、驚く程側にもある。
不思議な距離と控え目ながら、実に豊かな表情で揺らめき続けています。
この「ジオラマ」の中には、なぜ、ひとが、私が彼女達のうたに引き寄せられるのか、その秘密が詰まっているような気がしました。
「テレパシー」という曲を何度も何度も繰り返し聴いて、心がざわついて仕方がない。
テレパシーはコミュニケーションではない。
誰かと触れあいたい、誰かになにかを届けよう、そんな歌ではなく……不意に湧き上がった水のような歌というか叫びというか……そこに立ち会ってしまったような感覚が喚起されて、自然と昂揚してしまう。
なんの役にもたつもんか!くらいのすがすがしい野性を感じてしまう。
同時に、ここに歌があるから、みんな好きに手にすくって、持って帰りな。くらいの気前のいい声も聞こえるんだよな。
大好きです。
拝啓、埋火。
埋火は気にしない。埋もれている意識もない。夜の闇の中を赤く、くすぶらせて、いまかいまかと、狙ってる。
どうか私のこころまでくすぶらせないでください。私はいつも彼女の声に軽くあしらわれている。
永遠にそれは燃えたままの強い声。産む炎。笑っている。埋火は今夜も消えない。
音楽の中に
揺られて
とけてしまうなら
温度が
たいせつ。
いつまでも
聴いていたい音楽は
決まって
平熱よりちょっと高めの
微熱の音楽。
聴いてる
好きなコのほっぺたに
ふれたくなるような
ちょっと
つねりたくもなるような
キモチになる。
そんな
埋火の音楽に
とろけましょ。
大事に構築され育たれた曲たちが キラキラー!キラキラー!って耳に届きます
目に写るものが特別な時の歌
友情出演できて嬉しいっす!!!