「もう一つの現場」である大阪に「4・3事件」慰霊碑

韓国・済州島で1948年4月3日、朝鮮半島の分断に反対した住民が軍や警察に弾圧された「4・3事件」の犠牲者を追悼する慰霊碑が大阪市天王寺区の統国寺に建立され、2018年11月18日に大阪はもちろん、京都や名古屋などから訪れた在日コリアンら500人が出席して除幕式が行われた。(新聞うずみ火 矢野)

大阪と済州島の関係は深く、戦前には定期便が就航しており、多くの島民が渡航した。日本の敗戦で、生活基盤ができた人は大阪に残ったが、多くの人びとは故郷に戻った。だが、3年後に勃発した4・3事件で、無関係の住民も捕まったり、殺されたりしたため、難を逃れようと大阪へ密航する人も少なくなった。

4・3事件については長らくタブーだったが、2003年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が公式に謝罪を表明。その後、真相解明が進み、大阪に住む遺族らも「在日本済州4・3事件犠牲者遺族会」を結成、毎年、慰霊祭を行ってきた。事件から70年となる今年にあわせ、慰霊碑の設置も進めてきた。

統国寺に建立された「4・3事件」の犠牲者慰霊碑=2018年11月18日、大阪市天王寺区

建立された慰霊碑は高さ3・6メートル。日本語とハングルで、約3万人が犠牲になったこと、事件前後に数多くの人びとが命がけで日本に渡ったことなどが記された。
また、故郷とのつながりを感じられるように、と事件当時、島内にあった村と同数の173個の石が並べられている。

事件で叔父を亡くした遺族会の呉光現(オ・ガンヒョン)会長(61)は「5000人から6000人が逃げてきたと言われており、大阪はもう一つの『現場』。遺族は悲しみを抱えて70年を過ごしてきた。慰霊碑は犠牲者追悼のためだけでなく、日本と韓国の平和を誓い合う場にしたい」と話していた。

統国寺は、JR天王寺駅から北へ徒歩3分ほど。

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