安倍元首相の「国葬」反対「宗教行為を公権力が行うな」 

安倍元首相が参院選投票日2日前の午前11時半過ぎ、奈良市の大和西大寺駅前で自民候補者の応援演説を始めた直後、旧統一教会に恨みを持つ41歳男によって、手作りの散弾銃で撃たれ、夕刻に死亡したことで弔い選挙になり、自民圧勝となった。

ロシアによるウクライナ侵攻が長期化して残虐さを増す中で、反共反左翼風潮が一層強まり、劣勢が予想された立民や共産はさらに厳しい状態に陥ったからだが、圧勝したと思っている岸田首相や自民党は早速、改憲や軍事費引き上げの話をしているが、得票率は34・4%で、前回より0・9%減らしていることを忘れてはならない。

共同通信社が行った緊急世論調査では「改憲を急ぐべき」の回答は37・5%、「急ぐ必要はない」は58・4%。読売新聞社調査では「憲法改正の議論が活発になることを期待」は58%だったが、優先課題については「景気や雇用」がトップ、次に「物価高対策」。「憲法改正」は最も低かった。岸田首相は改憲をできる限り早期にと述べたが、国民の声とは違う。

改憲「急ぐ必要ない」58%=7月13日付京都新聞

そんな中で7月14日午後6時から記者会見を開いた。コロナ感染が急拡大し感染者が1000万人を超え、第7波という状況になったので、緊急対策を国民に訴えようとしてのことかと思ったら、メインは安倍元首相の「国葬」を行うことだった。

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大日本帝国憲法下では国家に功労のあった人物が亡くなった際、天皇が勅令を出して国葬を行ってきたが、敗戦とともに天皇が国民の総意に基づく象徴天皇に変わって勅令は出されなくなるとともに、宗教の自由、良心の自由、政教分離などから国葬に関する勅令も1947(昭和22)年に廃止され、国葬は行われなくなった。67(昭和42)年10月吉田茂元首相が死去、当時の佐藤栄作首相が国葬にしたが、多額の税金を使い、国民に弔意と葬儀参加を強制する形になることへの批判も多く、佐藤元首相自身が亡くなった際は「国民葬」、中曽根康弘元首相の際は内閣と自民党の「合同葬」となった。

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