婿取り物語「植木屋娘」 きょとの慌て者とは…

古典落語には結構、古い言葉が出てくる。今はもう使われない死語も。「きょと」という言葉も今や絶滅した死語だ。「植木屋娘」に出てくる父親、娘から「きょとの慌て者」と評される。「きょと」の説明の前に、この父親、どんなおやじなのかを見ておくと……。

かなり成功した植木屋なのだが、残念ながらおやじは無筆。そこで、向かいのお寺の和尚さんに節季の書き出し(請求書)を頼みに来るが、和尚の顔を見た途端、「あんたの字、評判悪いで」。和尚の書く字は戒名や塔婆の字に似ている。植木は生き物や、もうちょっと勉強せえ、と悪態の限り。かと思うと、和尚に代わって書き出しを書きに来てくれた伝吉に、帳面の符丁を説明して、「筋が一本百文、チョボ一つが十文や」「この上の丸は?」「そら一貫」「この黒い丸は」「一両やがな」「三角は」「一分ということぐらい分からんか」。分かるはずないやろ。そんなことおかまいなし

はては、娘のお光に婿を取る。相手は伝吉やと独り決め。娘の気持ちを聞かなと女房が言うと、嫌がったら娘を放り出して伝吉を養子にする。赤の他人にこの家を譲るのかと聞くと、ほな、女房のお前に暇をやる。お前が伝吉と夫婦になってワシを養え。もう無茶苦茶。けど、このおやじ、娘のお光がかわいくて仕方がない。お光も伝吉にまんざらでないと気づくとお寺に掛け合いに。が、伝吉は武士の子、500石の跡目を継ぐ身だと断られる。それでもあの手この手で二人を引っ付けようと画策。

「植木屋娘」も得意ネタの一つ桂文三

 

 

おやじを評して和尚は、「口ごうはい(理屈っぽい・口やかましい)やが、腹に一物もない、さっぱりとした男」という。「口ごうはい」も今や死語。対して娘は父を「きょとの慌て者」という。「きょと」とは、「言動のあわただしい人。軽躁な人」の意で、元は「きょときょと(うろたえて落ち着かぬさま)」という語の語尾が省略され、なになにする人の意味で使われる転成名詞。ぐずぐずしているのでぐず。ゲラゲラ笑うのでゲラ。この類(たぐい)だ。

「きょときょと」という語はわりあい一般的だったようで、三遊亭圓朝の「牡丹灯籠」や尾崎紅葉の『多情多恨』、夏目漱石の『こころ』にも出てくるという。が、「きょと」の用例はあまり見かけない。しかし、『日本国語大辞典』(小学館)には、「きょと。江戸末期、上方での流行語」と出てくるし、『近世上方語辞典』(前田勇編)では、文政・天保頃の流行語としてある。

夏目漱石「こころ」

 

さて、このおやじ、娘が伝吉の子を妊娠していると聞かされると、「うちのお光はポテレンじゃ」と大はしゃぎ。この時代、未婚の娘が妊娠して大喜びする父親は、まあ珍しい。で、奥さんにまで「けったいなおっさんやなあ」と呆れられる始末。ま、悪人やないし、距離を置いてみている分にはおもろいお人やけど、身近にいたらちょっと困ったちゃんやろね。(落語作家 さとう裕)

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