「人生は勝つことより負けることの方が数多い」村上春樹

折に触れ、落語とは何ぞや? と考えるのだが、なかなか的確な表現が見つからない。ま、落語には何千という噺があるので、それを端的に表現するのはかなりの難題だ。立川談志の「落語とは人間の業の肯定だ」というのは、なかなかうまい表現だが、これでは人間の全行為を肯定することになるわけで(それも一つの考え方だが)、今一つ胸に落ちない。

 

村上春樹の短編に、こんな一節がある。「人生は勝つことより負けることの方が数多いのだ。そして人生の本当の知恵は『どのように相手に勝つか』よりはむしろ、『どのようにうまく負けるか』というところから育っていく(「ヤクルト・スワローズ詩集」)。

村上は熱心なヤクルトファンだとか。彼は関西、それも芦屋や夙川で育ったので、少年時代はタイガースファンだった。「阪神タイガース友の会」に入っていたぐらいの。で、18歳で大学に入学し東京へ来たので、「よし、これからはサンケイ・アトムズ(ヤクルトの前身)を応援しようと決断した」そうだ。それからは熱心なファンに。当時は川上巨人の全盛時代、王や長嶋は国民的ヒーロー。が、ヤクルトは弱かった。でも彼は神宮球場にせっせと通い、外野席の芝生に寝転んでビール片手に観戦。「たまに勝っているときにはゲームを楽しみ、負けているときには『まあ人生、負けることに慣れておくのも大事だから』と考えるようにしていた」。そうして、毎日のように負け試合を経験して、冒頭の「(人生)どうしてうまく負けるか」にたどり着いた。

 

落語もハッピーエンドは少ない。と言うよりもむしろ失敗の連続。主人公の喜六は、まあ、おっちょこちょいの典型だが無類の能天気。何度失敗してもめげない。「商売根問」では、いろんな金儲けにトライしては失敗を繰り返す。

では節約をと考えた「始末の極意」では、さまざまな教えを実践するもことごとく失敗。最後には庭の松の木に指2本でぶら下がるという荒業。「千両みかん」では、もうすぐのれん分けを控えた番頭が、こともあろうにみかん3袋持って主家を出奔するという体たらく。恋に憧れる「色ごと根問」では、女性に持てる手段を10も教えてもらうが、どれもダメ。呑む打つ買うの三だら煩悩でも、呑めば失敗の連続。博打も儲けなんぞ夢のまた夢。女郎買いも碌なことにことにならない。

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これらはほんの一例だが、落語の大半は失敗噺。じゃあ、落語は失敗噺から学ぶものかというとちょっと違う。大概アハハと笑っておしまい。だから単なる教訓話でもない。

勧善懲悪が主流だった江戸人にとって、失敗ばかりの喜六はいとおしかったに違いない。現代の我々だって、やっぱり間の抜けた喜六がいとおしい。人生は勝ちよりも負けが多いというのはその通りだし、負けてばっかりの落語を聞いていると、俺だけやないんや、とほっとするのも事実だ。(落語作家 さとう裕)

 

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