大山詣りに熱狂した江戸時代の町人たち

約50年ぶりの上高地。荘厳な山の気に触れリフレッシュしたが、残念だったのが大正池。立ち枯れの木々が池の中に多く見られた幻想的な風景が消滅し平凡な姿に。それでも背後に焼岳と雄大な穂高連峰を従え、清らかな水をたたえた姿は感動的だった。また明神池は神秘的な往年の姿をとどめていたし、徳澤園では突如の雨に会い、大わらわでザックから雨ガッパを取り出したのもいい思い出だ。

江戸時代の山登りといえば、みな信仰と結びついたもの。本格的な修験道も仏教の聖地も山の中。町中のお寺だって「〇〇山△△寺」と名づけられている。で、今回は「大山詣り」。大山と言っても関西の人にはなじみは薄いが……。

大山阿夫利神社(小田急電鉄のHPより)

 

町内の連中が集まって大山へ。道中、酒を飲んで暴れたら坊主にすると約束して出かけた。行きは無事に済んだが、帰りに気が緩む。神奈川の宿で熊公が酒を飲んで風呂場で大暴れ。で、2階で寝こんだ熊の頭を丸坊主に。翌朝早く、まだ寝ている熊を、みんなで置いてきぼりに。目覚めた熊、気づくと丸坊主。そこで通し駕籠でみんなを追い越して長屋へ。すぐにかみさん連中を集めて、一行が帰り道、金沢八景で船に乗ったが船が転覆。みんな溺れ死に、自分一人助かった。みんなの菩提を弔おうと坊主になった、と坊主頭を見せた。かみさん連中はすっかり信用し、嘆きのあまりみんな坊主頭になった。そこへ一行が帰ってくる。どうしたことだと怒り出すと、年長者が怒るな、めでたいという。「なぜです?」「お山は晴天で、家へ帰ればみなお毛が(怪我)なくっておめでたい」

当時、旅の一番人気は伊勢詣り。次が富士登山。富士山には富士浅間神社が。昔は講といって、町内でお金を貯め集団でお詣りした。で、富士講が大人気に。富士山へ行く暇もお金もない人のために、江戸の町には富士塚なる、ミニチュアの富士山が多く作られた

三番人気は大山詣り。お詣りに行く前は、みんな両国の垢離(こり)場で水垢離をとった。「慚愧懴悔(さんげさんげ)、六根清浄、大山大聖不動明王、大天狗小天狗……」と唱えながら一週間、精進潔斎し、それからお山に登った。それゆえ、晴天でお詣りできた時は神の御心にかなったとして、何より喜んだそうだ。

大山阿夫利神社(小田急電鉄のHPより)

 

江戸時代、庶民の旅は禁止だったが、信仰と病気見舞いはお構いなし。で、庶民は信仰にかこつけて旅に出た。熊公だけでなくみんな山の後の遊山が楽しみ。昔から何かにかこつけて、私利私欲を図ったわけ。

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現代だって、オリンピックにかこつけて政権の浮揚を画策した姑息な総理がいた。思惑は見事に外れたが、コロナの感染爆発というえらい遺産を残してくれた。この責任、坊主頭になったぐらいじゃ誰も許さんで。(落語作家 さとう裕)

 

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