古今亭志ん生の十八番の一つ人情噺「替り目」…おかしさの中にも妻への深い思い 

今回は、古今亭志ん生の十八番の一つ人情噺「替り目」。満州で散々苦労して帰ってきたのが1947(昭和22)年1月、すぐに新宿末広亭の高座に上がり、復帰初日に演じたのがこの演目だった。落語作家のさとう裕さんのコラムです。(新聞うずみ火編集部)

以前、「千ベロ」という語が流行った。千円でベロベロになるまで呑める店という意味。なにもベロベロになるまで呑まなくてもよさそうなものだが、酒飲みというのは仕方のないもので……

ベロベロに酔った男、後ろから来た俥屋に呼び止められて車に乗る。どこまでと言われ、お前の好きなとこまで行け。それでは困ると言うと、お前が乗れといったから乗ったんだ、どこでもいいからと、手に負えない。よく聞くと、乗った場所の目の前が自宅だった。だから酔っぱらいは嫌われるわけだ。女房が俥屋に詫び、男を家に。すぐ寝るかと思ったらもう少し呑むという。酒を出せアテを出せ。アテはないというと、何でもいいとグズグズ。仕方がないので、近所の屋台へおでんを買いに行く。女房が出かけたと見た男、

古今亭志ん生

 

「この飲んだくれを世話してくれるのは三千世界を探しても、あの女房以外にないんだよ。世の中に女房ぐらい有り難いものはないね。それで、器量だって悪くはないし、近所の人は『貴方の奥さんは、本当に美人ですね。貴方には勿体ないですよ』なんて、ふふふ、俺もそう思う。イイ女だな、と思うけれどそんなこと言ったらダメなんだ。脅かしたりするが、心の中では『すまないな』と思っているよ。どうしてこんな美人がもらえたのかと思うけれど、口では反対のことを言ってしまう。おかみさん、スイマセン、貴方のような美人をもらえて、陰で侘びてますよ。許して下さい。貴方みたいなイイ女を女房にもらえて勿体ないくらいだ。ん?……まだ行かないのか」

のろけの様な独り言をみな聞かれてしまう。古今亭志ん生の十八番の一つだ。

戦時中満州に行けば酒が飲めると、三遊亭圓生と大陸に渡ったが向こうで敗戦。なにしろ関東大震災で揺れる家を飛び出し、東京中の酒がなくなると酒を買いに酒屋へ飛び込んだぐらいの酒好き。満州で散々苦労して帰ってきたのが1947(昭和22)年1月、すぐに新宿末広亭の高座に上がり、復帰初日に演じたのがこの「替(かわ)り目」。また、61(昭和36)年暮れに脳出血で倒れ、1年近い闘病の末、62年11月に新宿末広亭での復帰第一声もこの「替り目」だった。客は酔った亭主を案じる古女房と甘えて駄々をこねる亭主のやり取りに、志ん生夫婦の日常の姿を重ねて喝采を送ったのだった。

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落語界ではニンということを言う。その噺家の人柄や醸す雰囲気、印象をいう。豪放で売った6代目笑福亭松鶴など、豪快な印象や無頼なイメージの人物が登場する噺がよく似合った。桂米朝などは船場の大旦那や学者風の人物がいい。

笑福亭伯鶴

 

ただ、そのイメージと実生活がぴったりかというとそうでもない。6代目は外では豪快に飲んだが、家ではほぼ飲まなかったらしい。笑福亭伯鶴は、酒豪を演じてはったんですという。噺を支える裏の顔は様々である。(落語作家 さとう裕)

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