話芸だけではない…絶品だった柳家小さんの顔芸「にらみ返し」

これぞ顔芸! と思わずうなる噺がある。落語は話芸とはいうが、おしゃべりだけではない。身振り手振り顔の表情、中でも目の動きが多くのことを伝える。目は口ほどにものを言うのだ。が、顔芸が至芸になる噺は滅多にない。(落語作家 さとう裕)

 

大みそか、借金取りに責められ困っている男の家に、借金取りを睨んで撃退するという男が来た。有り金をはたいて雇うと、この男、玄関に座ってキセルで煙草をふかしながら、米屋が来ても魚屋が来ても、怖い顔してにらんでいる。借金取りは何を言ってもにらんでいるだけなので、あきらめて帰ってしまう。男は約束の分だけにらみ返して帰ろうとするので、あるじが「もう少しだけにらんでくれないか」と頼むと、「そうしちゃあいられない。これから帰って家(うち)の借金をにらむ」。

 

昔は節季払いが普通だった。要するに現代のローン。大阪は5節季(3月、5月、盆前、9月、大みそか。後に6節季に)だったが、江戸は盆前と大みそかの2回が節季で支払い日。この日をやり過ごすと、次の節季まで支払いを延ばしてもらえる。だから、金のない者は何とかして支払いを逃れよう、取り立てる方はどうかして払ってもらおうと、どちらも躍起になる。

大みそかは1年の総決算だけに、いろんなドラマが生まれた。そこで落語にもさまざまな借金取りの噺や年末風景が描かれる。「かけ取り」では、借金取りの好きな物を持ち出して言い訳をする。狂歌の好きな大家が来ると狂歌で言い訳し、喧嘩の好きな魚屋には喧嘩を吹っかけて撃退する。

「尻餅」は正月の餅を搗けない夫婦の噺。旦那が嫁の尻をぺったんぺったんと叩いて、ニセの餅つきを演じるという涙ぐましくもばかばかしいお噺。

さて、「にらみ返し」。五代目柳家小さんの噺は絶品だった。小さんの顔が何ともユニーク。つるんとした卵型の顔、入門してすぐにもらった名前が、栗に似ているからと柳家栗之助。目がくりんとしてかわいい。そして鋭い。それもそのはず小さんは剣道の有段者、最後は範士7段に上ったという猛者。自宅に剣道場を持っていたんだから、そんじょそこらの剣道好きとはわけが違う。それゆえこの人ににらまれると身がすくんだという。反面、ニコッと笑うと、えも言われぬ愛嬌が生まれた。このギャップがいい。「試し酒」の下男の久造、ぶっきらぼうだが、酒を呑んだ後の笑顔が実に可愛いかった。

滅多にやらなかったが百面相も楽しかった。頭に豆絞りの手拭いをくるくるっと丸めて巻いて、口をとんがらせ顔の横で手をクネクネとタコの百面相。愛嬌がありながら迫力満点。

桂米朝(上方落語名鑑より)

 

顔芸といえば、桂米朝の「地獄八景亡者戯」。主人公が閻魔の庁に。で閻魔様がご出御。見るからに学者然とした米朝のカァー!とにらんだ閻魔の表情。不思議な味があった。小さんといい、米朝といい、そのギャップから笑いが生まれた。落語と一口に言って、なかなか奥が深いのだ。)

 

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