「核兵器廃絶に向けた行動を」広島で原水爆禁止世界大会

広島市で開催された原水爆禁止世界大会。和歌山県代表団の一人として参加した私は、これまでに何度か広島を訪ねてきたが、原爆忌を現地で初めて迎えた。(和歌山信愛女子短大副学長 伊藤宏)

 

広島原爆の日の8月6日、一般の参拝は午前7時までに制限されていたため、早朝から平和公園に向かい慰霊碑に手を合わせた。そして平和記念式典のすぐ近くにある原爆の子の像前の広場で8時15分を迎え、鐘の音を合図に集まった大勢の人々と共に黙とうを捧げた。この時は曇り空であったが、その後の広島市内は日差しが照りつける猛暑となった。「あの日」被爆した人々は、この暑さの中でもだえ、苦しみ、そして死んでいったのだ。そう思うと言葉を失う。

原爆死没者慰霊碑

 

 

式典に出席した岸田文雄首相のスピーチを後から聞いた。自分が広島出身の首相であること、核兵器不拡散条約(NPT)の運用会議に日本の総理大臣として初めて参加したこと以外は、安倍元首相、菅前首相の焼き直しのような内容であった。そして、彼らと同様に核兵器禁止条約については一言も触れなかったのである。「被爆の実相への理解を促す努力を重ねてまいります」と言うが、まず岸田首相自身が被爆の実相を学ぶ必要があろう。

 

岸田首相はNPTの運用会議で、世界各国の若者を日本に招いて被爆の実相に触れてもらう活動のための基金創設を表明した。だが、私自身を含めた多くの日本人が、被爆の実相について理解しているのであろうか。国外への働きかけ以前に、まず日本に住む全ての人々が被爆地を訪れ、被爆者たちの声に耳を傾け、核兵器への怒りを共有することが求められているのではないか。どんなに技術が進もうとも、被爆者の生の声を聴かずして継承はできない。現地に足を運び、様々な遺構と直に向き合わねば、被爆の実相には迫れない。

原爆犠牲者慰霊のために全国から訪れた人々

 

 

平和記念公園内で燃え続ける平和の灯は、核兵器廃絶を迎えた時に消すことになっているという。消すことを願うだけでなく、消すための行動を私たちはしなければならない。その思いを一層強くした3日間であった。

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