福島・楢葉町に「原発悔恨の碑」 半世紀の警鐘 後世にも

■避難者の無念 胸に

「本物の食べ物をつくろう」と、自然の中で牛を育ててきた酪農家は、原発事故で牧場の土と草が汚染された。「すべてを失いました。牧場という人生の大舞台を失い、心まで死んでしまいました」

一家で避難してきた農家は、故郷にはもう戻れないと泣いた。「故郷で代々築き上げてきたものが一瞬にしてなくなりました。人生をぶった切られた思いです」

早川さんも裏の山に山桜をたくさん植えていて、「老後は、春の花、秋の紅葉を楽しんで孫と過ごす日を夢見ていたが全てダメになりました」

早川住職㊧と除幕する安斎さん

 

さらに、池で飼っていた体長1㍍の真鯉が7匹持ち去られたり、寺のさい銭箱を盗まれたりしたため、寺の本尊で、町の重要文化財に指定されている阿弥陀如来立像を避難先のアパートに運び込んだこともある。盗難から守るためとはいえ、布にくるんで押し入れに隠していたという。

「東電は避難者の苦しみをわかっていない。避難者の無念を晴らすためには訴訟を起こすしかない」。12年12月、福島県内の避難指示区域に住んでいた住民ら216人が東電に損害賠償を求めて集団提訴した。早川さんは原告団長として、避難者の生活再建や再出発に必要な賠償を求めて奔走する。

2020年3月の仙台高裁での控訴審判決は「津波対策の工事を先送りしてきた」と東電を断罪。一審判決の賠償金を上回る支払いを命じた。この時、早川さんは「正義が通った。人間の良識を信じて訴えてきたことが報われた」と涙したが、国と東電が上告したため最高裁で審理が続いている。

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伊東さんも事故から2年後の13年3月11日、原発事故で避難を余儀なくされたいわき市民とともに東電と国の責任を追及する訴訟を起こし、1600人を超える原告団の団長を務めている。3月26日に一審判決を迎えるが、伊東さんの表情は浮かない。

「裁判長は別の訴訟の判決で、津波対策を先送りした東電の責任を認めませんでした。でも、私たちはひるむわけにはいかない。『事故は起きない』と言い張ってきた東電と国に、加害者としての責任を認めさせるまで闘います」

この日、早川さんと一緒に「原発悔恨・伝言の碑」を除幕したのは、放射線防護学が専門で立命館大名誉教授の安斎育郎さん(80)。2人の出会いは1973年にさかのぼる。当時、東大助手だった安斎さんは、早川さんらの学習会に講師として駆けつけ、原発の危険性について講義した。

事故直後、安斎さんから連絡が入った。「反対運動に関わってきたのに、事故を食い止めることができず、申し訳ありません」。早川さんは安斎さんの協力を得て、除染が終わった場所の放射線量をあらためて測定し、住民が戻ってきても大丈夫かどうか調べた。

移設された「非核の火」㊤

 

碑は縦1メートル、横1・4メートル、重さ1トンの黒御影石。碑文を書いた安斎さんは「こんな大事故を起こしてしまったことの悔恨がある。この教訓を少なくとも数世紀は伝えたい」との思いを込めたという。

碑文はこんな言葉で締めくくられている。

「人々に伝えたい、感性を研ぎ澄まし、力を結び合わせて、不条理に立ち向かう勇気を! 科学と命への限りない愛の力で!」

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