「空母が燃え、着艦できない飛行機は次々に海の中へ」元海軍兵の瀧本邦慶さんが遺した講演から(2)

真珠湾攻撃の後も連戦連勝、空母「飛龍」が帰港すると、国内は「勝った、勝った」の大騒ぎ。海軍兵、瀧本邦慶さん(享年97)さんは「小さな島国の日本が中国から南太平洋へ戦線を拡大し、大国の米英と闘いぬくことができるのか」不安を感じていた。1942年6月、次の戦場はミッドウェー。瀧本さんが乗り込んだ空母「飛龍」を待っていたものは……。(新聞うずみ火 矢野宏)

 

ミッドウェー島はハワイの北西約2000㌔に浮かぶ太平洋の小島。この島を攻撃することで、真珠湾攻撃のときに討ち漏らしたアメリカの空母機動部隊を誘い出して撃滅する作戦だった。

瀧本さんは知る由もなかったが、米軍は日本軍の暗号を解読し、ミッドウェー島から300キロ離れたところに3隻の空母を待機させていた。

6月5日早朝、飛龍など4隻の空母から飛び立った100機以上の飛行機がミッドウェー島を攻撃。飛龍の甲板には、2次攻撃に備え爆弾と魚雷を抱えた飛行機が待機していた。司令部は次の攻撃のため、飛行機に取り付けていた魚雷を爆弾へ積み替えるよう命じた。

「飛行機に装着している800キロの魚雷を外し250キロ爆弾に取り替える作業は大変ですよ。すべて台車に載せて運ばねばならず、手でハンドルを回すことで荷台を上下させ、飛行機から外したり、装着したりしていくのですから時間がかかるのですわ」

爆弾への積み替え作業を終えようとした時、偵察機から「敵空母発見」の知らせが入り、「爆弾を再び魚雷へ積み替えろ」という命令が出された。

「ほどなく最初の攻撃隊が戻ってくる。それらが着艦するためには、甲板の上で待機している飛行機に装填した爆弾を急ぎ魚雷に替え、次々に発艦させねばならない。甲板の上は大混乱でした」

魚雷への転換作業を終えようとした時、敵空母を飛び立った爆撃機が攻撃してきた。たちまち、飛龍以外の3隻の空母が爆弾を受けて炎上した。

「飛龍で指揮を執っていた第二航空戦隊司令官の山口多聞少将は、残りの攻撃機を集めて反撃し、敵空母1隻を大破させましたが、飛龍も集中攻撃を受けました。甲板上には、飛行機から取り外した魚雷や爆弾があちこちに散乱しています。米軍機が爆弾を落とすと、それらが次々に爆発していきます。格納庫の壁の両側にはガソリンパイプが何本も通っています。引火した炎の熱で爆弾や魚雷も次々と誘爆を起こし、大音響とともに爆発しました」

敵空母を攻撃した飛行機が帰ってきたが、飛龍が燃えているから着艦できない。

「飛行機は飛龍の上を回っている。そのうちに燃料がなくなって、私たちの目の前で海の中へドブン、ドブンと突っ込んでいきました。これが戦争の姿なのです」
飛龍の乗組員1500人のうち、助かったのは500人ほどだったという。

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