「空襲被害者の精神的シンボル」作家の早乙女勝元さん死去 90歳

東京大空襲を経験し、記録と体験の継承活動を続けた作家の早乙女勝元さんが5月10日、老衰のため死去した。90歳だった。(新聞うずみ火 矢野宏)

早乙女さんは1932年東京都足立区生まれ。12歳の時、45年3月10日の東京大空襲に遭った。戦争と貧困の中で町工場に働きながら文学を志し、ルポルタージュ「東京大空襲」や「戦争を語り継ぐ」など多数の著書を手掛けた。70年に「東京空襲を記録する会」を結成し、東京大空襲の語り部となった。2002年には民間からの募金を基に「東京大空襲・戦災資料センター」を東京都江東区に開設、初代館長として17年間務めた。
早乙女さんは、東京空襲の被害者が国に補償を求めた「東京大空襲訴訟」で証言者として法廷に立つなど、民間の空襲被害者救済にも尽力。「全国空襲被害者連絡協議会」の共同代表も務めた。

「大阪空襲訴訟」の提訴から2周年を迎えた2010年12月8日の記念の集いで、早乙女さんは「平和をあしたに――ある作家の体験から」と題して記念講演を行った。
早乙女さんが残した著書に、1945年7月10日の堺大空襲を題材にした絵本がある。当時6歳だった浜野絹子さん(83)=大阪府茨木市=が母親と弟を亡くした体験をまとめた一冊「おかあちゃんごめんね」だ。

早乙女さんの突然の訃報に浜野さんは「頭の中が混乱していて言葉も出ないです。空襲体験を語り継いでいく運動の真ん中にいた方で、精神的シンボルでした。早乙女さんのおかげで、無口だった私が児童・生徒たちの前で空襲体験を話すようになりました。戦争を体験した者の責任を自覚させてくれた恩人です。惜しい人を亡くしました」と語っていた。

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