「沖縄は今も踏みにじられている」原告ら無念「琉球遺骨返還訴訟」(上)

琉球遺骨問題

1920年代から30年代にかけて、旧京都帝国大学医学部の人類学者らが、研究目的で琉球諸島の墓から多数の遺骨を持ち出した。いまも26体を保管する京大を相手取り、子孫らが返還を求めた「琉球遺骨返還請求訴訟」の判決が4月21日、京都地裁であり、増森珠美裁判長は「原告には返還請求権がない」と請求を棄却した。旧帝大が収奪した遺骨をめぐる返還訴訟の司法判断は初めて。「復帰50年というのに、琉球人の遺骨はいまもふみにじられている」。原告らは無念をにじませた。(新聞うずみ火 栗原佳子)

墓は沖縄本島北部の今帰仁村(まきじんそん)にある「百按司墓(むむじゃなばか)」。葬られているのは統一王朝を建てた「第一尚氏」時代の貴族らとされる。門中という同族集団らが「今帰仁上り(なきじんぬぶい)」という聖地巡拝で訪れる場で、1991年に村文化財に指定されている。

訴状などによると、京大助教授だった人類学者の金関丈夫氏(1897~1983)や医学部講師だった三宅宗悦氏(1905~1944)は子孫や地域住民の了解を得ず、学術研究の目的で百按司墓から大量の遺骨を持ち出した。

原告は5人。玉城毅さんと亀谷正子さんは第一尚氏の子孫、社民党前衆院議員の照屋寛徳さん、彫刻家の金城実さん、原告団長で龍谷大学教授の松島泰勝さんは琉球民族として原告に加わった。

松島さんは17年から京大に対し遺骨の有無や保管状況を繰り返し問い合わせた。しかし、返事はいつも「個別の問い合わせには答えない」。国会議員の照屋さんが文科省を介し照会して初めて保管が確認されたが、情報公開請求などにも誠意ある回答がなかった。

2018年12月、提訴。「人格標本」として保管する遺骨26体の返還と1人あたり10万円の慰謝料を求めた。

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