「頼んます、ワシの弟子やめとくなはれ」六代目笑福亭松鶴が頭を下げた弟子とは…

落語家になるには、師匠に弟子入りしなければならない。が、そう簡単に入門できない。何日も楽屋の出入口で師匠を待ち構えてお願いし、やっと許される。ところが、往復ハガキを送りつけ、「入門を許す。許さない。どちらかに〇をつけて返送しろ」。こんな横着な奴がいると話題になったのは、もう何十年も前のこと。今や簡単にメールなどを送り付けてくる。

落語家は気楽そうに見え、売れっ子になれば、がっぽり稼げると甘い夢を見て、多くの若者が入門志願に。が、よほどしっかりしてないと、すぐに挫折する。売れるのはほんの一握り。厳しい世界だ。それでも、入門志願の若者は後を絶たない。志願者も多種多様。素性のはっきりしない若者も多い。最近は高学歴の入門志願者も増えた。京大や阪大など国立難関大卒も数多。桂ざこば師匠が「中卒の俺のところに大卒の若者が入門して来た」と驚いていたのがもう40年以上も前の話。

入門を許されても、毎日、家の掃除や師匠の身の回りの世話と、これが落語の稽古とどうつながってるの、というような仕事が続く。そんな修業の日々も最近はちょっと様変わりしているそうだ。

マンション住まいの師匠が増え、内弟子修行が無理。通いの外弟子が普通。横着な師匠もいて、「毎日来んでもええで。電話で俺のスケジュール聞いてこい、必要なら来てもらうから」。

昔の話だが、六代目笑福亭松鶴にある若者が入門した。その時、若者の両親は腹から喜んだそうだ。

「ああ、やっと今日から安心して暮らせる」

そんな若者だから、師匠も持て余した。

笑福亭小松

毎日遅刻はする。自動車を運転させたら、そこらにぶつける、壁をこする、新車がすぐにポンコツに。兄弟子から小銭を借りて返さない。仕事を覚えて高座に上がるようになると、衣装や手ぬぐい、扇子を忘れるのは日常茶飯事。

ある日、師匠が高座に上がろうと着替えを始めたら足袋がない、帯がない。高座から降りてきた弟子に聞くと、「すみません。僕、忘れて来たもんで……」。師匠の帯と足袋を身につけていた。何度注意しても素行が改まらない。業を煮やした松鶴師匠。破門に際し弟子の前に両手をつき、「頼んます、ワシの弟子やめとくなはれ」。怖い怖い松鶴師匠を土下座させた弟子として有名になった。

その後、破門を許され、何年か前、胃がんを公表。余命半年ですが頑張りますと。日本中をがん克服のためと称して徒歩で巡り、各地で「がん克服落語会」を開き、大きな反響を呼んだ。その頃、彼に呼ばれた後輩の落語家。ご飯を一緒すると、肉をパクパク、酒もガブガブ。この人本当に末期がん? と思った。後日、胃がんだと称していた開腹手術は、胃潰瘍の手術やったらしいで……との噂が。真偽のほどは不明。

2009年、3度目の覚せい剤取締法違反で逮捕され、収監される。しばらくして出所後の人たちから、「塀の中におもろい奴がおったで、落語家や言うとったけど、ほんまかなあ」。刑務所で人気者になっているという噂が聞こえて来た。生来のほら吹きと称された彼。しかし、無類の明るい人柄と芸風で多くの人に愛された。その彼も14年8月2日に死去。彼の名は笑福亭小松。享年57。彼岸でまた、師匠を困らせているかもしれない。合掌。(落語作家 さとう裕)

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