大阪大空襲から77年 民族名判明した判明した朝鮮人犠牲者166人を追悼

太平洋戦争末期の第1次大阪大空襲から77年となった3月13日、敗戦まで50回を超えた空襲で命を奪われた朝鮮人犠牲者を追悼する集会が大阪市北区のPLP会館で開催された。(新聞うずみ火 矢野宏)

 

追悼集会は「大阪空襲75年朝鮮人犠牲者追悼集会実行委員会」の主催。この1年間で新たに判明した7人の氏名を加えた計166人の犠牲者名簿を祭壇に置き、参加した110人が黙とうをささげた。

大阪への空襲は1944年12月19日から敗戦前日の45年8月14日まで50回を超え、1万5000人以上が亡くなったと言われているが、朝鮮半島出身者の犠牲者数は今もわからない。

実行委はこの日、冊子「大阪空襲と朝鮮人 そして強制連行」(ハンマウム出版)を発刊した。戦前・戦中に大阪へ強制連行された朝鮮人の実態や空襲時にどのような監視体制が敷かれていたかなどの調査結果のほか、在日コリアン11人の空襲証言も収録している。

旧陸海軍関係文書の「内地在住朝鮮人戦災者概数」(1945年9月作成)の中に「朝鮮人戦災者は府全体の8・19%に当たる」という記述があり、少なくとも1200人が犠牲になったと推定する。大阪国際平和センター(ピースおおさか)が管理する死没者名簿には9000人余りの名前が記されているが、朝鮮人の多くが「創氏改名」による日本名(通名)で記載されているため、名前の判明は困難を極めている。

編集を担当した実行委メンバーで関西非常勤講師の塚崎昌之さん(65)は、「日本の侵略戦争の被害者でありながら、戦後77年、朝鮮半島出身者の空襲被害は調査されてこなかった。その『歴史の空白』を考える手がかりにしてほしい」と語った。

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