「一筆書きのように切って…はい、藤娘の出来上がり」紙切り芸の初代林家正楽 

寄席の色物(いろもの)、と言っても別に、色っぽい芸ではない。いや、色っぽい芸も中にはあるか。江戸時代、寄席は落語や講談が中心で、めくりにその演目、演者を墨で書いたが、他の芸は色文字(主に朱墨)で書いたため、それらはまとめて色物と呼ばれた。で、漫才や奇術、音曲等を色物と総称するように。

 

子供の頃、テレビで寄席中継を見ていて、目を見張った芸の一つに紙切りがある。A4用紙大の白い紙を客の目の前で切って見せる。日本舞踊の藤娘なんてものをささっと切って、切った紙が目立つように、透明なセロハンと真っ黒な台紙の間に挟んで見せてくれる。驚いたのは切り抜いた白い紙の精緻な出来映えはもちろんだが、切り抜かれた残りの紙も台紙に挟むと、それも見事な藤娘なのだ。なんと、彼は一筆書きのように、藤娘を実に美しく切り抜いていたのだった。

 

紙を切る時、芸人は体を前後に大きく揺らす。見ていて、あんな細かなハサミ使いをするのに、なぜ、あれほど体を揺らすのだろうと不思議だった。その芸人こそ、初代林家正楽だった。

 

先日、朝日新聞のbe紙面で三代目林家正楽が、「『生きてるものは体を動かした方が、元気のあるものを切れる』らしい」と(述べたと)書いていたが、初代正楽は、「こうして動かしていると、何を切ってるのか手元が見えづらくて、出来上がるまで分からないでしょ」と答えていた。客にネタバレしないように、あえて体を揺らしていたのだ。

 

また、初代はこんなことも言っていた。寄席で「(切ってほしいものの)リクエストを取ると、必ず切りにくいものを言う客がいるんだよ」と。また、〇を切れ、△を切れなんて、あえて言う。それは簡単に切れるが、そんなものを切って、多くの客が喜ぶわけがないしねえと、客あしらいの難しさも語っていた。

初代林家正楽

 

その番組でも案の定、正月でもあったので、凧という題が出た。こちらは、ヤッコ凧を切るのか、四角い凧に足を付けただけでは芸がないなあと思ってみていたら、冬空に凧を上げて走っている子どもの得意気な姿が現れた。実に鮮やかなものだった。これが芸だと思った。

 

技術だけでなく、機転や話術も備わっての芸なんだと、子供心にいたく感心したのだった。
一度、生で紙切りを見たいものだと思っていたが、長らくかなわなかった。ところが、もう随分前になるが、笑福亭鶴笑が紙切りをやり始めた。それも独学でだ。初めは危なっかしく見えたが、器用な彼はいつの間にか腕を上げた。「凄いですねえ」と感心していたら、今度は紙を見ずに切ると、背中に紙を持ってきて、後ろ手に切り出した。さらに、似顔絵を切ると。目の前の客の顔を、これは前で切る。ある時、今日はエジプトの人たちの集まりに呼ばれているというので付いていった。すると、どうだ、エジプトの男性の似顔絵を後ろ手で切ったのだ。これにはびっくりした。

 

鶴笑曰く「エジプト人はみんなよう似た顔してますねん」。「インド人もびっくり」ならぬ、エジプト人もびっくりだった。(落語作家 さとう裕)

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