突如現れた新作落語のスター三遊亭歌笑、米軍ジープにはねられ…

古典落語は古びないが、新作はすぐに古くなるという。どういうことか? 新作落語は作られた時代状況や世相と密接に結びついているので、色あせるのが早い。流行のCMやドラマを使ってストーリーやギャグを作っても、流行が去ればすぐ通用しなくなる。

第2次世界大戦前後に活躍した五代目古今亭今輔(1898~1976)。お婆さんネタの新作で一世を風靡し、「お婆さんの今輔」と言われた。弟子には桂米丸や歌丸が。今輔は「古典落語も出来た時は新作だった」というフレーズを残した。テレビで晩年の高座を見たが、子どもの私にはあまり面白くなかった。昭和時代に、古き良き明治を懐かしむ婆さん落語で、戦後生まれにはピンとこなかった。

五代目古今亭今輔

 

今輔に、新作を勧めたのが柳家金語楼(1901~1972)。昭和3年頃だ。金語楼といえば、テレビ創成期に、NHKの「ジェスチャー」で大人気。大正時代、軍隊で病気を患い、病気のせいか薬のせいか、髪の毛が抜けた。除隊後、自作の「落語家の兵隊」で売れに売れた。新兵さんの悲哀を笑いにした落語は当時の人々のハートを掴んだ。彼は「有崎勉」のペンネームで、500本以上の作品を書いている。金語楼は昭和15年に喜劇俳優に転向、戦後はジェスチャーや喜劇「おトラさん」の脚色・主演等で大活躍、戦後お笑い界の国民的大スターであった。

大戦後、突如現れた新作落語のスターが二代目三遊亭歌笑(1916~1950)。東京都西多摩郡五日市町(現あきる野市)生まれ。金語楼に憧れ門を叩くも断られ、三代目三遊亭金馬に入門した。斜視で弱視というハンデがあったが、旺盛な読書欲で精進の日々を重ね、1947(昭和22)年に真打昇進。ラジオ出演をきっかけに日劇や国際劇場を満員にするほど人気が沸騰。そのきっかけが「歌笑純情詩集」。その作品「豚の夫婦」(昭和23)。

ブタの夫婦がのんびりと/畑で昼寝をしてたとさ/夫のブタが目を覚まし/女房のブタに言ったとさ/今見た夢はこわい夢/俺とお前が殺されて/こんがりカツにあげられて/みんなに食われた夢を見た/女房のブタが目を覚まし/あたりの様子を見るならば/今まで寝ていたその場所は/キャベツ畑であったとさ

戦後の荒んだ世相の中、並木路子の「リンゴの唄」と並んで「純情詩集」が爆発的に売れた。歌笑は人気絶頂時の1950(昭和25)年5月30日、仕事終わりの帰宅途中、夕暮れの銀座松坂屋の路上を横切ろうとして、都電の陰から疾走してきた米軍のジープにはねられて死亡。まだ34歳だった。

銀座チャラチャラ人通り/赤青みどりとりどりの/着物が風にゆれている/きれいなきれいな奥さんが/ダイヤかガラスか知らねども/指輪をキラキラさせながら/ツーンとすまして歩いてる……(「純情詩集」より)。こんな詩的な落語が日本中に流れていた。その銀座で米軍のジープにはねられるとは。あまりにあっけない天才の退場だった。

リンゴの唄も純情詩集も、戦後の明るい解放感と戦争の爪痕のペーソスが色濃い。新作落語だけがそうではないが、歌も演劇も文学も、その時代の雰囲気を背負い、人々の涙や笑い、喜びや悲しみ、そんな悲喜こもごもをしっかりと身にまとって現れる。が、去る者は日に疎し。世は凄いスピードで移り変わり、人と作品は忘却の彼方へと消えていく。(落語作家 さとう裕)

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