「首提灯」首を斬られても呑気に駆け出す町人とは?

「桜は来年も必ず帰ってきます。もし人の命が奪われたら、二度と帰ってきません」。ノーベル賞の山中伸弥教授の言葉だ。新型コロナウイルス感染は依然として収束せず、命や人生に思いを馳せる日々が続く。落語にも命を扱った噺がけっこうある。が、そこは落語、一筋縄では行かない。「首提灯」という噺。上方と江戸では、ストーリーが少し違うがオチはほぼ同じ。江戸の噺をみてみよう。

 

酔った町人の男、武士に道を尋ねられるが、相手が田舎侍とみてさんざん悪態をつく。相手は酔っ払い、侍はぐっと我慢。調子に乗った男は、ペッと痰を吐く。それが侍の羽織の紋にかかった。羽織は主君からの拝領品。堪忍袋の緒が切れた。ズバッと抜き打つ。謡を口ずさみながらその場を後に。男はあんまり見事に斬られたので、何が起こったのか分からない。侍の悪口を言いながら歩き始めると、首が左へ左へ回る。つまずいた拍子に首が落ちかけ、斬られたことに気づく。と、半鐘が。火事だ。掛け出そうとすると、首が落ちかける。男は、自分の首をひょいと差し上げ、「はいごめん。はいごめん」。

 

SFチックなお噺だが、寄席が始まった頃からの人気の演目だったようで、初期の小咄集にも出てくる。短い噺を現行のように一席に仕立て上げたのは、明治の落語家4代目橘家圓蔵。

 

江戸時代初期は、切り捨て御免の風潮や浪人の斬り取り強盗、侍による試し切りなど、戦国時代の荒々しい気風が色濃く残っていた。なのに、酔っ払いとはいえ、町人が侍にしつこく絡むのはなぜか。落語が生まれた元禄時代は、江戸幕府開府からおよそ100年。江戸初期の荒々しい気風や治安の悪さに手を焼いた幕府は、大名や旗本に命じ、街ごとに木戸を設け、辻番を置くなど対策を講じた。また、言われなく人を斬れば禄を取り上げると触れを出した。が、その効き目が薄いと、町人を斬り殺した侍を切腹させるなど、思い切った対策をしたのだ。お陰で江戸の町は平穏に。

4代目橘家圓蔵

 

と、今度は町人、特に職人や棒手振りの連中の中に、おとなしくなった侍、特に国侍と言われる田舎侍(参勤交代で江戸へ出て来た侍)に対して、からかったり、往来でわざとぶつかったり、ひどい奴は殴ったり、石をぶつけて逃げる、そんな不心得者が出て来たらしい。百万都市の江戸、ほぼ半数が侍。参勤交代で地方から来た侍も多い。そんな侍が、浮かれてお江戸見物に。こういう侍は浅黄裏(あさぎうら)と蔑まれた。以前の反動か、不埒な町人も出てきたが、そんな風潮を反映したのがこの首提灯だ。

 

侍は、相手が酔っ払いでもあるし、悪態を浴びながらも自重に自重を重ねる。この展開は見事。命の重みをよく考えてある。が、オチの部分、当時の考え方からいえば、やむを得ない展開か。主君から拝領の羽織に痰をかけられたのだ。さて、首を斬られても呑気に駆け出す町人とは?

 

ま、作者からいえば、奇抜な展開をよくぞ思いついたというところ。が、その裏には、意外な事故で(ここでは自業自得だろう)命を落としても、何とか生き延びたいという願望がほの見える。来年も咲く桜のように、命への憧れが底流にあるのだろう。もの思わせるオチだ。(落語作家 さとう裕)

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