古典落語「金明竹」江戸生まれ、上方で育ち、再び東京へ

落語は小咄が長くなり現行の噺になったというのだが、では、いつ頃、誰がどんな風に手を加え、今のような噺に育て上げたのか。原話の江戸小咄も少しは残っているが、どういう変遷を経たのか分からない噺も、小咄由来でない噺も多い。一端が垣間見える噺を。「金明竹」。噺の前半はこうだ。

 

丁稚が店の前を掃いていると砂ぼこりが舞って困る。掃く前に水を撒くもんだと主人が教えると、2階の掃除では畳の上に水を撒き始める、下では雨漏りだと大騒ぎ。掃除はいいからと店番を任せると、通り雨。雨宿りの人が来て、どこの誰かも知らないのに、主人の大切な傘を貸してしまう。主人は、そんな時は、貸傘はあったがこの間の長雨で使い尽くしまして、骨は骨、紙は紙とバラバラになって使い道にならないので物置に放り込んであると、断れと教える。と、近所の店の者が来て、鼠を物置に追い込んだので、猫を貸して欲しいと言う。丁稚は心得たとばかりに、貸猫は何匹かいたが、この間の長雨で使い尽くして骨は骨、紙は……皮は皮でバラバラになっちゃって……と断る。話を聞いた主人は、ネコの断り方はこうだ、うちにも猫は一匹いましたが、この間からさかりがつきまして、とんと家へ帰りません。久しぶりに帰ってきたらどこかでエビのしっぽでも食べたんでしょう、腹を下しまして粗相をして困ります。マタタビをを舐めさせて寝かせてあります。少しして、近所の店から旦那を借りに来ると、旦那はさかりがつきまして、とんと家によりつきません……とやってしまう。

 

落語チックな間抜け噺だ。これは江戸生まれ。江戸では丁稚ではなく、与太郎でやる。この噺、1750年頃、初代石井宗叔が狂言の「骨皮新発意(ほねかわしんぼち)」にヒントを得て作ったと言われている。石井宗叔という人、元は医者だというが「咄し坊主」とも呼ばれ、噺家や幇間もしていた、多才な人だった。前座噺としてよく演じられていたが、幕末の頃には廃れてしまい、なぜか上方で演じられ、この頃は上方種と言われたそうだ。で、上方ではいつの頃か後半部が創作された。後半はこうだ。

 

丁稚が留守番をしていると、中橋の加賀屋佐吉方から使いの男が来て、「先度仲買の弥市が取り次ぎました道具七品のうち祐乗光乗宗乗(ゆうじょこうじょそうじょ)三作の三所物、並びに備前長船の則光、四分一ごしらえ横谷宗珉小柄付の脇差、柄前はな、旦那はんが古刀木(たがや)といやはって……」と、古道具の説明だが、聞く方はなんのことやらちんぷんかんぷん。店の女房が出て来て聞くが分からない。使いは呆れて帰ってしまう。亭主が帰って来て、女房が説明するが、うろ覚えでしっちゃかめっちゃか。これがあまりの間違え方で大爆笑。

初代桂文治

 

 

この噺、明治10年代の中頃、東京に住んでいた初代桂文治の娘こう(3代文治の妻)が、東京の噺家に教えたのがきっかけで、また東京で演じられるようになったという(異説あり)。で、先ごろまで江戸落語と思われていたが、最近は露の一門がよく演じている。後半はペダンチック(衒学的)な趣だが、女房のはじけ方が落語的でうまくまとまった。時代と場所を変え、内容も笑いも豊かに。数奇な運命のネタだ。(落語作家 さとう裕)

 

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