「空襲の犠牲者名簿もない都市も…」松山で初の「空襲記録」全国大会

全国各地の戦争を語り継ぐ団体などが集う「空襲・戦災を記録する会全国連絡会議」が2018年8月25、26日に愛媛県松山市で開かれた。市民や関係者ら135人が講演や各地の実践報告を通じて、戦争の悲惨さ、平和の尊さを語り継ぐことの大切さをかみしめた。(新聞うずみ火 矢野宏)

愛媛県松山市で開かれた「空襲・戦災を記録する会全国連絡会議」=2018年8月

 

全国連絡会議は1971年から空襲や戦災のあった自治体で開催され、今年で48回目。松山で開かれるのは初めて。

初日は、愛媛県歴史文化博物館の平井誠専門学芸員が「松山・瀬戸内地域の空襲・戦災と博学連携」と題して講演。45年6月中旬から始まった中小都市空襲は、テニアン・グァム・サイパンの四つの航空団に一つずつ目標都市が割り当てられ、基本的に一夜で4都市が焼き払われたという。

「国勢調査の人口に基づいて攻撃する都市を選定し、終戦までに57都市が空襲を受けました。愛媛県内では海軍航空隊があった松山で251人、軍需工場があった今治で454人、予科練があった宇和島で128人が死亡しました」

戦争体験者の高齢化が進み、歴史文化博物館では学芸員が小学校などで戦争を伝える「出前授業」を行っている。平井さんは、防空ずきんや焼夷弾の薬きょうなどに触れてもらうことで、「五感を通して戦争と当時の暮らしを感じ取ることが大事」と語った。

続いて、「宇和島空襲を記録する会」や「今治市の戦災を記録する会」など、県内外の12の団体・個人が地元の空襲や戦災の検証や継承活動などを報告した。

「青森空襲を記録する会」会長の今村修さんは犠牲者名簿を探し続けてきたが進展しないため、全国ではどのような状況になっているのか、B29による空襲を受けた85の都市へ調査票を送った結果について報告した。

調査票の質問は、「犠牲者数を把握しているか」「犠牲者名簿はあるか」「名簿を保管しているのはどこか」「慰霊祭を行っているか」など9項目で、53の都市から返答が届いたという。

「空襲犠牲者の名前を100%把握していたのは平塚市(神奈川県)、福山市(広島県)、佐世保市(長崎県)の3市のみで、逆に名簿がないという回答が27市あり、驚きました。ただ、高知市のように自治体自らが『高知空襲犠牲者名簿作成事業』を開始し、3年間で95%もの名簿を確認したケースもあり、それぞれの都市が全力で取り組めば、戦後73年たった今でも前進することを証明しています」

なぜ、国や自治体は空襲犠牲者を調査しないのか。

今村さんは「調査を義務付ける法律がないから」と言い、「国が空襲犠牲者への賠償責任は負わない、戦争被害は国民が等しく受け入れなさいという『戦争損害受忍論』の考え方があるからではないか」と指摘した。

「再び戦争を繰り返さず、平和な社会を実現するため、犠牲になった一人ひとりの名簿は戦争の愚かさと平和への礎になる。あらためて全国で空襲犠牲者名簿の作成に取り組むよう、国や自治体に働きかけることが必要です」

松山に残された掩体壕=2018年8月

 

最終日は、松山と今治に分かれて戦災・戦争遺跡を訪ねるフィールドワークが行われた。松山市で太平洋戦争中に使われていた軍用機の格納庫「掩体壕」や旧制松山港等学校の講堂などを見学し、73年前の惨劇に思いをはせた。

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